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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和47年(モ)52号 判決

申立人(債務者) 国重義則

右訴訟代理人弁護士 徳永賢一

被申立人(債権者) 藤内邦磨

右訴訟代理人弁護士 日野太作

主文

福岡地方裁判所飯塚支部が昭和四七年四月二一日、同庁同年(ヨ)第一六号工事禁止仮処分命令申請事件につき為した仮処分命令は、申立人において被申立人に対し金二〇万円の保証を立てることを条件として取消す。

訴訟費用は被申立人の負担とする。

本判決主文第一項は仮りに執行することができる。

事実

申立人は「主文第一項掲記の仮処分命令はこれを取消す。」及び主文第二項同旨の判決を求め、その申立の理由として、

一、被申立人の申請により福岡地方裁判所飯塚支部は昭和四七年四月二一日、別紙目録記載の建物につき左記の通りの仮処分命令をした。

申立人は増改築、模様替の工事をしてはならない。

二、被申立人の主張によれば、申立人が被申立人より賃借中の本件建物につき無断増改築をしてはならない義務に違反し勝手に増改築をして被申立人の右建物に対する所有権を侵害しているというのである。

三、しかし申立人が本件建物について為しつつある工事は、従前右建物内に据付けていた冷暖房用パッケージモーター付の空調設備を更新する必要上その搬出に必要な最少限度の範囲で、本件建物の正面部分を取はずしているのであって、増・改築ないし模様替えには該当しない。

四、よって申立人の行為は本件建物所有権の侵害にはあたらないものであるが、その点はしばらく措き、仮に被申立人の主張が肯認されるとしても以下述べる特別事情があるから本件仮処分は取消されるべきである。

五、本件工事の進捗状況をみるに、すでに新冷暖房機の据付が終り正面取はずし部分も復旧補修の仕上工事を残すのみである。よって現時点で工事を停止する場合と続行完成する場合とをくらべると続行による被申立人の損害はなきに等しい。また仮りにある程度の損害があるとしても要するに原状回復費用に関するものであって金銭的補償が可能なことは明白である。

六、申立人は本件賃借建物で喫茶店営業をしている。そうして本件仮処分命令をうけ、工事が中断した結果、申立人は営業を行うことができず、四人の従業員の労務提供を受領し得ず、顧客を失い更に工事材料の散逸等回復し難い異常な損害を蒙っている。

七、右の通りであるから民事訴訟法第七五九条に定める特別事情があるものとして本件申立に及んだ。

と陳述した。

被申立人は「本件申立を却下する。訴訟費用は申立人の負担とする。」との判決を求め、答弁として

一、申立の理由第一、第二項は認める。

二、同第三項は否認する。本件建物一階表側は出入口等も全く変更され室の内外も原形を止めないほど変更されている。

三、同第四ないし第六項も否認する。仮りに申立人が異常な損害を蒙るとしても、自業自得というほかはない。

と陳述した。

(疏明)≪省略≫

理由

一、本件申立の理由第一、二項は当事者間に争いがない。

二、特別事情について。

≪証拠省略≫を併せると、

1、本件建物は被申立人の所有であって、申立人はこれを被申立人から賃料一ヵ月金四万二、〇〇〇円で借用し、喫茶店エリーゼの店舗として使用している。

2、右「エリーゼ」の経理関係は現在申立人の姉申立外大森タマヱに委ねられているが、女店員四名と男子アルバイトを夫々日給七〇〇円で雇っている。売上は一ヵ月金二三万円くらいで内純益は四万円ないし五万円である。

3、本件工事は、右店舗に備えつけの冷暖房用空調設備を新型ととりかえることを主目的とし、申立人が訴外扇建設株式会社に金一四〇万円で請負わせたもので、昭和四七年四月三日旧設備の搬出、新型機の搬入据付を終っている。そうして本件建物は出入口が小さくそのままでは搬出、搬入ができなかったので右工事にあたり通りに面した正面壁及び柱を出入口共撤去した。そのあとは、完全な原状回復ではなく、出入口の位置をかえるなど申立人の意向によって模様替えされ、その他付随の工事がなされた。本件仮処分命令当時は正面のタイル貼り、天井のクロス貼り等の仕上工事が残るだけであった。

4、尚、右工事を為すに当り、申立人は家主(被申立人)の承諾を求めることをしなかった。

以上の事実が認められ、これら諸事実を検討すると、

たとえその工事の意図が空調設備の更新にあるにせよ本件建物の基本的部分たる表正面の柱・壁をとり除き、つくりかえた点、これを改築したと認めるのが相当である。≪証拠判断省略≫

もともと借家人の為す賃借建物の増・改築は他人の所有物に変更を加えることであるから、増・改築禁止の特約の有無を論ずるまでもなく原則的に禁止された行為である。

特に本件の如くあらかじめ被申立人の承諾を求める努力もせずに無断で為されたような場合、その行為は信頼関係を破壊するものであるといわざるを得ない(事情により家主の承諾拒否が権利濫用にわたることはあるとしても予め承諾を求めて拒否された場合と無断で改築に着手した場合とを信義則上同一に論ずることはできない)。

しかし、特別事情による仮処分取消の申立は、その仮処分の理由の存否は別として、右仮処分を取消すことによって蒙る被申立人(仮処分債権者)の損害が金銭的に補償され得るものであるか、又は右仮処分により申立人(仮処分債務者)が異常な損害を蒙る事情があるときは保証を立てしめてこれを認容すべきものである。本件についてこれをみるに≪証拠省略≫を併せると、次の通り認めることができる。即ち、本件仮処分が維持されている限り申立人は営業の継続が不能であり従業員を遊ばせ毎月約金二三万円相当の売上を失いつつある(工事材料の散逸はこれを認めるに足る疏明資料がない)。そうして、その間顧客を他店にとられるおそれも十分認めることができる。

他方本件仮処分が維持されないことによって蒙ることあるべき被申立人の損害は、本件工事の進行状況からみると工事を完成させた状態から工事着手前の原状に回復させる為めの必要費用と、現在の工事未完の状態から右原状に回復する為めの必要費用との差額に相当すると考えるほかはない。してみると、申立人の損害は通常生じ得べき損害の限度を超え異常であるというべく、被申立人の損害は金銭的補償が可能であり金銭的補償をもって大体本件仮処分の目的を達し得るといわなければならない。

右認定を左右するに足る疏明資料はない。

以上の理由により申立人の本件申立は理由がある。

三、保証の額について。

以上認定の本件工事の内容、進行状況及び本件建物の構造その他諸般の事情を斟酌し、当裁判所は申立人に命ずべき保証金額を金二〇万円と定める。

四、よって本件特別事情に基く仮処分取消の申立は申立人に右保証金を供託させることを条件に認容することとし、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 岡野重信)

〈以下省略〉

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